桜の花のシュトーレン




                                              2012.8.8

暑中お見舞い申し上げます。
このページの作成中にも蝉の声が聞こえてきて、照りつける太陽と夏が感じられます。
先日、私の友人の中でも最高齢(96歳)の親友が亡くなり、お盆は年を重ねるとともに追憶が増えていく気がします。
友人はこの2・3年認知症が進む中、だんだん私のことも忘れていくようになりました。最初は、人生でたくさんの苦労を乗越えた友だちが、どうしてこの病気になったのかと思ったり、訳もなく悲しかったのです。しかしそのうち彼女がたくさんのことを忘れていくことや老いることは、存在自体に何ら関係がないのだと思うようになりました。
おそらく彼女の魂の清らかさがそうさせるのではないかと・・・。
最後に訪ねたとき、介護施設ではお昼時でした。お昼はカレーライスが用意されていて、私も友人の食事を手伝うことが出来ました。もうほとんど口にしなくなっていたのですが、スプーンを近づけると食べてくれました。彼女は何か話しているのですが、文脈がないので何を言ってるのかはわかりません。
介護の方々に友人の若い頃の武勇伝などを披露したら、みんなとっても驚きました。
彼女は日本で最初のスチワーデスだったのですよ。要人を乗せて富士山の上空を飛んだのですよ!   そこにいた人全員が驚きと感動を感じて、友人を尊敬の入り混じった目で見ていました。
若く美しく知性にあふれた彼女は、どれほど魅力的だっただろう・・・・。

友人の耳には入っても、言葉がどのように理解されるのかは想像もつかなかったのですが、合間に手の甲をさすっていたら、突然彼女の目から涙があふれてきました。そして、私の目からもたくさんの涙があふれてきて、止まらなくなってしまいました。食べているのか泣いているのかわからなかったけど、なんだかおかしかった。
たつさん、ありがとう。たつさんは長いお付き合いの中で、ただの一度も私を非難しなかった人。私、どんなにその優しさに癒されたかわからないの。
毎年春になると、桜の花のシュトーレン贈ってくれましたね。そのうち春が近づいてきたら、今年はいつ届くかなって楽しみにするようになっていたの。
認知症になりかけた頃でさえ、私の部屋のベランダで悪さをする鳥たちを追い払ってくれましたね。私、たつさんのことどんなに大切だったかわからないの。
誰にも話せなかった心の声をたつさんは聞いてくださったの・・・。
私を忘れても、たつさんの愛が感じられてる・・・。
私の涙は、たつさんへのそんな感謝の意味が込められていました。



その日からひと月足らずして、突然別れがやってきました。
友は逝き残されて感じることは、人の持つ偉大さばかりです。
染物をするときに、冬の冷たい川で布をさらし色鮮やかな染めが出来上がるように、人生という川は様々な試練を与えるけれど、人が放つ純粋な色は厳しい環境の中でとても美しい輝きを放つものなのだと。
試練の中でも、人との関係によって生じる苦悩は深い傷をつくることがあります。しかしその傷はまた、人の持つ慈愛によって癒されるものです。私も誰かの心にあなたが残してくださったような贈り物を出来るように願っています。

そして来年の春、あなたのシュトーレンに代わってあなたのように素晴らしい人になれますように・・・。
                                              葉香



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