エッグスタンド


                             2013.3.7         

北国はまだ大雪に見舞われ、大変な日々をお過ごしの事と思います。
でも、長く厳しい寒さも終わりが近づいてきました。
先月のコラムで豊かさについて書いたとたん、今度は喪失による悲しみを経験することがありました。
喪失と言っても歯のことで、命にかかわることではないのですが、歯の咬み合わせを整えてもらうために行った歯医者さんの治療で、義歯の何本かをかなり削られました。その中には健康な歯もあったので、とても心配になりました。お聞きした所それがベストだと言うことでしたが、帰り道どう考えても悲しくてつらくて腹が立って、不安と後悔とで一杯になりました。その後、削った後のとがった歯で舌を傷つける毎日が続きました。歯の治療は自分で出来ないことなので、お医者さんに委ねるしかありません。お医者さんはご自身の信じる方法で治療なさったのだろうと思います。
でも、私の訴えをその方はどんな気持ちで受け止めてくれたのだろう・・・。


そんな中お昼によく行くランチのお店に行ったら、何気なくそのテーブルに目が向きました。鶏の形をした数個のエッグスタンドには、茹でたてのおいしい卵が乗っかっています。陶器のエッグスタンドはみんなくちばしが欠けていたり、とさかが削れているのです。目も黒目が白目になっていたりするものもあります。そしてその横には、買ったばかりの同じ形のきれいなエッグスタンドが並んでいました。


お店のオーナーは忙しいお昼時にはいつも、話しかけるなというオーラを出して、ランチメニューを何種類も作り一人でおおぜいのお客さんをもてなされるのです。しかしその日に限って、突然私の方に近づいて来られました。
「この新しいエッグスタンドは、先日お友達に頂いたの。でも、この欠けて古くなった方が捨てられないのよ。私がこのお店を引き継いだ時からあるんだもの。」「物が欠けたり古くなることをダメだと思うなって最初のオーナーに言われてたんだけど、それが今頃の年になってわかるような気がする。だっていつの間にか傷ついてしまってまるで私のような気がするの。」とおっしゃって、また忙しくお料理をしはじめました。
誰かが私のことを彼女に教えたのだろうか?削られた歯のこと。
くちばしが欠けた鶏のスタンドは、私の歯のようだと思いながら見ていたからです。


河を大きな岩が激流に揉まれながら、海に向かって長い旅路に出ていきます。河口にまで運ばれたときは、最初のごつごつした姿を留めているものはひとつもありません。
旅路の果てにまんまるく削りとられ石や砂になった岩の姿を自分と重ねながら、しんみりとランチハンバーグを頂きました。
しばらくしてお店を出る頃には、不思議と何かが大きく変わっていました。


お店に入った時は失ったことへの悲しみと、取り戻すことが出来ない悔しさと、このような経験を何故しなければならないのかという思いとで一杯でした。
でもあちこち欠けたエッグスタンドを大事にしているそのオーナーの言葉が、私の中の何かを変えてくれた気がします。それは受け入れるという感覚でした。
喪うこと、変わっていくこと、無くすこと。このように起きてほしくないことが起きたとき、苦しい感情をどうやって乗越えていけばよいのかと思います。何度も繰り返し抵抗し後悔します。なかなか受け入れることが出来ない出来事は、それを受け入れられたときにやっと、少し安らぎを取り戻します。


時を同じくして、以前に出会った言葉が思い出されました。
それは、「困難や嫌なことやつらいことに直面したときはすかさずありがとうと言いなさい。」という言葉です。ひどい目にあったりしたら、すぐに歯をくいしばってありがとうと言いなさいというのです。ずいぶんじゃない、そんなこと言えるわけがないでしょ、と最初は思いました。しかしこれにはほんとに深い意味があります。まさに歯を食いしばってこの言葉を繰り返しました。
災難を恨んでいるといつまでもそれが尾を引いて、次なる災難を生みます。起きた災難を最小限度に留め、すぐさま新しい意識へと変換することがとてもとても大切なことです。それを可能にしてくれるのが、この言葉です。繰り返すうちにその状況を受け入れるゆとりが生まれます。そして、より良い次なる選択肢がやってくるのです。
失ったものはもう戻らない。でも気づいたことは失うことがない。きっと良い方法が見つかる。


ひと月、様々なことを思いやさしくありがたい言葉とともに過ごしてきました。
私は歯の故障をいく度となく過去に経験しています。このたびの痛みによって、何故こうした経験を再度したのか真剣に取り組みました。そこには、本当に興味深い私の魂や信念とかかわる秘密が隠されていたのです。いつかそのことについて書こうと思います。
起きてくる出来事に偶然はないのだなぁと改めて感じます。
訪れる暖かい季節に、やさしさと喜びがあなたにも私にも花のようにふりそそがれますように。

                                       葉香

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